サヨナラも言わずに

「若宮……センセ。放課後、時間ある?」



朝のSHRが終わり、俺は若宮に逃げられることを覚悟で、そう聞いた。



「うん、あるけど……」


「美琴について、聞かせてほしい。美琴の、男性恐怖症の原因について」


「………………わかった」



若宮は観念したのか、そう呟いてどこかに行ってしまった。



そして放課後。俺は化学準備室に連れていかれた。


若宮が化学教師だからこそ、この部屋が使えるのだろう。



「黒瀬くんは……彼女の過去のこと、どこまで知ってるのかな?」


「一応、一通り」


「そっか……僕たちは彼女を犯してほしいと言われただけなんだ」



……言われた、だけ?


たった、そんなことであいつは一生消えねー心の傷を負ったのか?



「……ふざけんな……」



怒りが溢れかえっているというのに、俺は若宮を殴る気になれなかった。


今コイツに暴力をふるうのは、違う気がしたんだ。



「確かにその通りだ。でもね。当時大学生の僕たちにとって、五十万はとんでもない大金だった。そんなに出すと言われたら、ノーとは言えなかったんだ」
< 153 / 160 >

この作品をシェア

pagetop