サヨナラも言わずに
「若宮……センセ。放課後、時間ある?」
朝のSHRが終わり、俺は若宮に逃げられることを覚悟で、そう聞いた。
「うん、あるけど……」
「美琴について、聞かせてほしい。美琴の、男性恐怖症の原因について」
「………………わかった」
若宮は観念したのか、そう呟いてどこかに行ってしまった。
そして放課後。俺は化学準備室に連れていかれた。
若宮が化学教師だからこそ、この部屋が使えるのだろう。
「黒瀬くんは……彼女の過去のこと、どこまで知ってるのかな?」
「一応、一通り」
「そっか……僕たちは彼女を犯してほしいと言われただけなんだ」
……言われた、だけ?
たった、そんなことであいつは一生消えねー心の傷を負ったのか?
「……ふざけんな……」
怒りが溢れかえっているというのに、俺は若宮を殴る気になれなかった。
今コイツに暴力をふるうのは、違う気がしたんだ。
「確かにその通りだ。でもね。当時大学生の僕たちにとって、五十万はとんでもない大金だった。そんなに出すと言われたら、ノーとは言えなかったんだ」