サヨナラも言わずに
「黒瀬くん……ごめんなさい、この子学校のこと話さないから……」
沢田の母親は、申しわけなさそうに目を伏せた。
俺のことを知らなくてごめんなさい、とでも言いたげだ。
だが、男性恐怖症の沢田が、男の話題を持ち出すとは到底思えない。
だから、彼女が俺のことを知らないのも、無理ない。
「黒瀬くんは……この子が男性恐怖症って知ってた?」
沢田の母親は、もう一つ椅子を出しながら聞いてきた。
「まあ、一応……」
俺は出された椅子に腰掛ける。
「私、知らなかったの。今日、保健室の先生に教えてもらって……」
てことは、あの先生はもう見舞いに来たってことか。
「私も旦那も仕事ばかりで……家族そろってなにをするも、会話がなくて……」
沢田の母親は今にも泣きだしそうな声色だ。
「久々に美琴と話したのは、美琴が高校進学をするとき。女子高に行きたいって言われたの。だけど家には私立に行かせるくらいのお金の余裕はなくて……美琴に共学に通ってもらったの。理由、ちゃんと聞いてあげればよかった……」
そう言いながら、沢田の前髪をわけた。
あいつの寝顔がはっきりと見える。
「あの……沢田、さんが自殺未遂って聞いたんですけど……」
「…………」