冷たいキスと獣の唸り~時間を巻き戻せたら~
最初は本能的な恐怖を感じていたが、今の彼はーー。
手にナイフや銃を持っている訳でも、脅してくる訳でもない。恐怖は微塵にも感じていなかった。
唯一、強く感じているのは、苛立ちと怒り。
今はその感情しかないのかというほど、頭の中と目の前を真っ赤に染め上げている。
「怖くなんかない。ただ、これにムカついてるだけ」
噛み付くように言いながら、頭を振って縛られている両手を示した
「これって、必要? 私のことなんて簡単に倒せちゃいそうな筋肉を持ってるのに」
「本気で言ってんのか?」
「ええ。私は平均的な女だけど、あなたは……どう見たって殺しのプロか軍人って感じだもん」
自分では不思議な事を言った覚えはないのに、男は驚いた顔をしてから、くっきり眉間にシワを寄せてから口を開いた。
「まだ名前を聞いていなかったな」
変な話だと思った。
名前も知らない相手を誘拐して、監禁するものなのかと。
「一体、何が目的なの?」
「…………いいから、名前は?」
「はいはい。質問は禁止って訳ね。いいわよ。名前を教えるくらいどうってこと……」
言ってはみたものの、いざ自分の名前を言おうとしても出てこない。
自分の名前なんて、思い出そうと努力しなくてもでてくるものだ。
なのに、喉でつかえたかのように出てこない。