プリズム!
「でも、体温計も何もないままで…。今まで具合悪くなったりしなかったの?」

聞けば、薬さえもこの家には一つも置いてないという。

冬樹は、とりあえず今出来ることとしてタオルを一枚借りると、それを水に浸し夏樹の額の上に乗せた。

夏樹は「冷たい…」とか言いながらも、冬樹の質問には曖昧な笑顔を浮かべるだけだった。



「病院行った方が良いのかも…」


丁度熱が上がり始めていたところだったのだろうか。

僅かに呼吸が早くなってきている夏樹を見下ろしながら、冬樹が漏らした呟きに。

「病院なんかいいよ。こんなの何てことない」

と、夏樹は反論した。

見上げてくる瞳が「行きたくない」と意思を伝えてくる。

その昔の面影が残る夏樹の表情に思わず苦笑を浮かべた。

だが、一人でいて動けなくなる程悪化してからでは遅いと思うのだ。

自分は、ずっと傍に居てあげられる訳ではないから。


だが、夏樹が切なげに見上げてくる。

「折角、ふゆちゃんが来てくれたのに…病院なんか行ってたら時間がなくなっちゃう」

「…なっちゃん…」

「並木さんから連絡…来るんでしょう?それまでは…。ゆっくり、ふゆちゃんともっと話がしたいよ…」

寂しげな瞳。

その瞳の色に負けて、冬樹は小さく息を吐くと。

「うん…。そうだね…」

頷いてベッドの傍へと腰を下ろした。

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