プリズム!
「鍵は、そろそろ雅耶が来る頃かなって思って開けてたんだ。これからは、ちゃんと気を付けるよ」

そう言って僅かに肩をすくめて見せた。

「このポスター…見てたんだ?」

「うん…」

雅耶は夏樹の隣に並ぶと、その額に入ったポスターへと視線を移した。


光輝く水面が印象的な、イルカや鮮やかな魚たちが泳ぐ海中の絵。

それは、昔からの夏樹のお気に入りだった。

この家に遊びに来る度に、この絵の前に立ち止まってキラキラと目を輝かせている夏樹をよく見掛けたものだ。

『いつか大きくなったら、こんな綺麗な海に潜ってみたい』と言う夏樹に、『大きくなったら自分がきっと連れて行く』と幼いながらに二人で約束を交わした、大切な思い出のポスターだった。


横で同じようにその絵を眺めている夏樹の横顔を、雅耶はそっと盗み見た。

その表情は、わりと穏やかなもので少しホッとする。


以前…。まだ夏樹が『冬樹』であった、ある夏の日。

『冬樹』が実は夏樹であるという事実を自分がまだ知らなかった頃のこと。

冬樹がこの場所で同じように、この絵を眺めていた。

その瞳はあまりに儚げで、淋しい色をしていたのだが…。

自分が過去に夏樹と交わした約束のことを話すと、夏樹は『冬樹』として言った。

『夏樹はもう…海は好きじゃないかも知れない』…と。

何でそんなことを言うのか不思議に思い、聞き返すと。

『海は綺麗なだけじゃない。その怖さを知ってしまったから』

そう言って『冬樹』は儚げに笑った。

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