好き/好きだった

side of A(亜矢美)

村田大祐と知り合ったのは去年の夏ごろのことだった。
二回目の受験勉強のために、通っていた新宿の予備校。
少人数の夏期講習に2週間だけ行っていた。
その講習には神様のいたずらか偶然か、私と大祐の２人しか
参加者がいなかった。
「こんなこともあるんだなあ」
私は特に気に留めることもなく勉強に取り組んだ。
沈黙の続く昼休みは苦痛だった。
自宅で勉強している私に予備校での知り合いはいなかった。
すぐそばに座ってケータイをいじっている大祐は2日たっても
話しかけてこようとはしなかった。私も対抗してそうしてやった。
3日目の昼休みになって
「2人しかいないし、連絡先交換しない？」
と、ちょっと無理がある聞き方で連絡先を聞かれた。
純粋に人と話したかった私は二つ返事で連絡先を交換した。
それからは毎日が少しだけましに思えた。講習が終わって
帰宅する電車から夜まで、ケータイの通知は鳴りやまなかった。
シャワーノズルから時折こぼれる雫のように
速く、遅く。講習期間が終了して会うことがなくなってからも
止まることはなかった。いつしかそれはボウルを満たしていた。
程なくして大祐は大学を辞めた。
編入ではなく私と同じ大学を受けることにしたらしい。
毎日一人暮らしの下宿に帰って勉強する。
単調な生活の中で溜まり続けるわだかまりは
メールをすることで解消していた。
そして本命校の受験当日になった。私と大祐は偶然隣の席になり、
お互いの近況をフェイス・トゥ・フェイスで語り合った。
ボウルから水が溢れ出た。
「「一緒に受かろう！」」
別れ際にそう言って、私たちはお互いの受験番号を交換して
発表を待っていた。
私はすでに最低ラインのすべり止めを確保していた。
1校しか受けなかった大祐の合格は自分のことのようにうれしかった。
それでも、一緒に合格できなかったことは悔しく、悲しかった。
「ありがとう。何かあったの？」
大祐の言葉で自分の声が震えていたことに気づいた。
大祐に声をかけてもらってうれしかった。
止まらない涙は電話を続けるのを許してくれなかった。
メールもできなかった。
もしかしたら、私は大祐のことが好きなのかもしれない。
そこで初めて、自分の中に恋心が芽生え始めていることに気づいた。
私がようやくメールを送ったのは3月に入ってすぐのことだ。
「2人でどこか遊びに行かない？」
それは勉強の解放からくる本心だった。
「それもいいけど俺の家に来てみない？」
これは私にとって予想外の返事だったけど、一人暮らしの、
気になる男の子の部屋には興味をひかれた。
高3の春に処女をささげた相手とは1か月足らずで別れた。
未体験の快感に私はすぐにハマってしまった。
こっそり家を抜け出してはホテルにその相手と行く生活をしていた。
だからこそ溜まっていた。持っている道具では満たせないものがあった。
「行きたい！　2日後で大丈夫？？」
思い切った返事をしたと今でも思う。
「15時ちょうどに秋津駅南口のコンビニ前で！」
返事はすぐに来た。秋津駅は私の最寄からわずか一駅だった。
当日になって私は約束の時間を10分くらい遅れて待ち合わせ場所についた。
「遅れてごめんね！　待った？」
「大丈夫、今来たところだよ！」
少し遅れたことを謝って、ありきたりな、
だけど久しぶりのやり取りをした。
「じゃあ、行こうか」
「うん！」
大祐の家は秋津駅から商店街を抜けて曲がったところにあった。
近くの洋菓子店でクッキーを買って1ルームの、大祐の部屋に入った。
「わ、すごい！」
自分でも何がすごいのかわからなかったけど、
部屋に入るなりそう口にしていた。
大祐は笑みを浮かべ、少し吹きだした。なんだかバカに
されているみたいだったから私はふてくされて顔を丸くした。
それでも大祐のニヤニヤは収まらなかった。
それからは楽しい時間が流れた。
洋菓子店のクッキーを食べながら、大祐が用意していた
赤ワインで談笑して、酔ってそのままベッドに連れていかれた。
行為は不完全燃焼で終わった。
「付き合おう」
ベッドの中で私を抱きながら大祐は告白をしてきた。
なんてタイミングだと、少し引いたりはした。
それでも、芽生えつつある恋心を試したくて私はその告白を受け入れた。

この日から私たちは付き合い始めた。