憧れの染谷くんは、いつも
朝のエレベーター

「おはよう」

「おはようございます」


朝のエレベーターは忙しない。
たくさんの人を乗せて、それぞれの勤務先フロアへどんどん運んでいく。


(はあ。また一日が始まってしまった)


昨日が終わったと思ったら、あっという間に今日だ。時間は容赦なく一日を終わらせたり始めたりする。

私は俯きながらエレベーターに乗り込んだ。後ろからなだれ込んできた人々に押され、いつものように奥の隅へと追いやられる。このビルの中で唯一のエレベーターのため、どうしても朝は混雑してしまうのだ。

エレベーター内では、今日のランチはどうする、とか、外回りの得意先について、とか、賑やかだった。


(みんな楽しそう……)


私はお腹に手を当てて、小さな痛みが治まるように念じる。今日はまだ、マシな方だ。


「松井」


かけられた声に顔を上げると、同期の染谷(ソメタニ)くんが私を見下ろしていた。私はパッと手を離す。


「ごめん気が付かなかった。おはよう、染谷くん」


本当にまったく気付かなかった。いつの間に隣にいたんだろう。
染谷くんは小さく笑うと、おはよ、と言った。

私たちは業務フロアも所属部署も異なるため、仕事上の接点はほとんどない。だから、エレベーターの短い間だけどこうして会えるのは嬉しい。本人には言えないけれど、ちょっと得した気分だ。

染谷くんは、小声で話しかけてきた。


「どう?最近」

「うーん、普通かな」


普通って何だよ、と染谷くんはまた笑う。
彼の方は聞かなくてもわかる。それは、毎日が充実している人が見せる笑顔だったからだ。


染谷くんは営業部に所属していて、今をときめく若手のホープだ。大型案件をバンバン決めたり、取引相手が大絶賛するほどのプレゼンを堂々とやってのけたり、それはそれは輝かしい業績ばかり。そういった噂がフロアの違う私の部署にまでやってくるほどだ。
そんな同期をもって、なんだか私まで嬉しくなってしまう。


「じゃあ、またな」


営業マンらしく真っ白なワイシャツに紺色のネクタイをきっちり締めた彼は、私より二つ下の営業部フロアに着くと、颯爽と降りていった。
エレベーター内の女子社員がポーッとした顔で染谷くんを盗み見ていたことも、なんだか可笑しかった。


反対に私の足取りは重かったけれど、もうすぐ始業時間だ。染谷くんの爽やかな笑顔に少し元気をもらった私は、エレベーターを降りて小さく気合いを入れ直すと、自分の部署へ向かった。
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