憧れの染谷くんは、いつも
これがラストチャンスだ。
渡すなら、今しかない。そして仕事の邪魔をしないように、用事が済んだらすぐにでも退散しなければ。
ーー私は思いっきり息を吸い込んだ。
「あの、染谷くん! わた、私、話がっ」
「え、えっ?」
思わず声がひっくり返る。急に大きな声を出して向かう私と、詰め寄られて後ずさった染谷くんを交互に見て、高嶋課長が神妙な面もちで呟いた。
「染谷、いくら何でも別れ話には早すぎやしないか……?」
「別れ話……?」
これでもかと言うほど目を見開いた染谷くんに見つめられ、息が止まりそうになる。
そのまま数秒間声も出せずに固まっていると、途端に染谷くんの目尻が下がって優しい表情になった。
「じゃ、なさそうだな。……松井、場所変えよう」
そんな風に優しく微笑まれると、何も言えずにこくこくと頷くので精一杯だ。私は高嶋課長にお辞儀をすると、先を歩いていく染谷くんに従った。
「すみません、ちょっと出てきます。……それと、別れるつもりはないんで」
「ちょ、ちょっと染谷くん……!」
出がけにそう宣言した染谷くんに慌てて駆け寄った。わっと沸いた歓声のようなどよめきが背中に刺さって振り向くことができない。
(もう営業部には近付けない……!)
染谷くんの後ろを歩きながら、私は青くなった。