憧れの染谷くんは、いつも
会社を出て、駅へ向かう途中でバッグの中の振動に気が付いた。スマートフォンを取り出すと、画面には染谷くんの名前が表示されている。私は慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし」
『松井、今どこ?』
やっぱり帰る前に染谷くんに連絡した方が良かったのかもしれない、と後悔した。仕事の邪魔をしてはいけないと考えた私の行動が、裏目に出てしまったみたいだ。私は今いる場所の目印になるものを探す。
「会社を出て、歩いてるところ。えっとーーちょうど本屋さんの前だよ」
『すぐ行くから。そこで待ってて』
プツッと一方的に通話を切られた。
一体どうしたんだろう。
もしかして私、何か忘れ物をしてしまったのかも。
ガサゴソとバッグの中を確認していると、見覚えのある白いセダンが私の立っているすぐそばの路肩に止まった。車体にはうちの社名が印刷されてある。
助手席の窓が開いて、奥から染谷くんが顔を出した。
「お待たせ」
「染谷くん……もしかして、今から外回り?」
相変わらず営業部は大変だ。お得意様のところへ行くのは、相手の都合も考えないといけないから、時間が不規則だと聞いたことがある。
「うん。ついでに送ってくよ」
「え?! いいよ気遣わなくて。寝たら大分良くなったし、もう大丈夫」
私を送ったせいで仕事に遅れたら大変だ。優しい染谷くんの気持ちだけ受け取っておこうと思った。
「松井がちゃんと家に着くまで、俺が安心できないから。乗って」
そう言われてしまうと、逆に断る方が心配をかけてしまう気がしてきた。
押し問答している時間がもったいないと言われ、結局私はそのまま車に乗ることにした。