憧れの染谷くんは、いつも
エレベーターを降りビルから出て、5分ほど歩くと目的の蕎麦屋がある。この店の、手打ちの十割蕎麦もとても美味しい。
席に着いて私はとろろ蕎麦、高瀬くんは蕎麦定食を注文した。
出された熱い蕎麦茶をちびちび啜っていると、高瀬くんはぼそりと言った。
「……松井って結構チャレンジャーだな。今日あのカフェ行ってたら針のむしろだろ?」
「え?」
一体何の話だろう。
あそこは女子が多いから、と言いながらお茶を飲んでいる高瀬くんの表情は、至って真面目だった。
「なにその顔。まさか知らないのか? 昨日から噂になってるぞ、二人とも」
「ふたりって……?」
高瀬くんの口振りから、ひとりは私だと見当がついた。もうひとり、とは。
「だから、松井と染谷だよ。付き合ってるって、本当か?」
「は……?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。我に返って否定しようとしたとき、目の前に盛りの良い蕎麦が置かれた。
「ーーはい、とろろと蕎麦定ね。ごゆっくり」
天ぷらとご飯の付いたボリューミーな蕎麦定食と、うずらの卵がかかったとろろ蕎麦が向かい合う。
「とりあえず、食おうぜ」
のろのろと蕎麦を啜ってみたけれど、私は味なんて全くわからないほど動揺していた。目の前では高瀬くんが豪快にがっついている。
「天ぷらいる?」
「ううん、大丈夫……ありがとう」
お腹と心の調子が良かったらいただきたいところだったが、とても今の状態では無理だった。