憧れの染谷くんは、いつも
「ーー染谷さあ、何で誰とも付き合わないんだろうな? 社会人になってからは、ずっと彼女いないのに」
いきなり染谷くんの、しかも恋愛話になったので、驚いた。何だかプライベートにまで踏み込んでいるようで、悪いことをしている気分になる。
「さ、さあ。好きな人がいないとか?」
「それがいるっぽいんだよ。誰なんだろうな」
「……」
染谷くんの好きな人。
やはり染谷くんに似て、何でも出来てしまう人なんだろうか。それとも、女の子らしくて守ってあげたくなる人なんだろうか。
そんなことを考えていると、途中の階でエレベーターのドアが開いた。
「あ」
立っていたのは、染谷くんその人だった。驚いたようで目が丸くなっている。書類の挟んであるファイルを持っていることから、午後イチで会議があるのかもしれない。
「珍しいな、2人だなんて。下で会ったの?」
「いや、飯食ってきた」
「……え?」
染谷くんは高瀬くんのことを見たけれど、高瀬くんはそれに気付かず、エレベーターの開閉ボタンを操作している。
「染谷、上行くんだろ? 乗れよ」
「あ、ああ」
染谷くんはちょうど高瀬くんと私の間にできたスペースに入って、エレベーター内は3人になった。
さっきまで染谷くんの話をしていたため、何となく気まずくて顔を見ることが出来ない。
そばで染谷くんの気配がする。
下を向くと、ぴかぴかに磨かれた革靴が目に入った。こういうちゃんとしているところが染谷くんらしい。
「松井、今度また飯行こうな。俺のとっておきの店教えるよ」
「え? あっ、うん」
やけに機嫌のいい高瀬くんに返事をしようと横を向いたら、染谷くんと目が合った。慌てて前を向く。
(染谷くん、今私を見てた?)
急いで戻ってきたからまだ呼吸も乱れているし、汗も引いていない。きっと化粧も崩れているに違いない。
私は額に張り付いているであろう前髪を気にして、そっと直した。