憧れの染谷くんは、いつも
パーティションの向こう側
午後は午前と打って変わって、電話問い合わせが殺到した。どうやら、一部の顧客に納品された部品に不備が見つかったらしい。
ひたすら謝罪の言葉を口にする。
きっと今頃他部署もてんてこ舞いのはずだ。弱音を吐かずに頑張ろう。
やっとひと息つけるようになったのが夕方で、定時まであと1時間というところ。
薬を飲むのをすっかり忘れていた私は、休憩ルームの自販機で水を買った。このまま飲まないより飲んだ方が少しはマシだろう。
奥の方の、パーティションで仕切られた目立たないテーブルに着いて、カサカサと処方箋の袋を開けていると、休憩ルームのドアが開く音がした。私は思わず、物音を立てないように身を堅くする。
こんなところ、誰かに見られたら。
「ーー最近ユミって、染谷さんといい感じだね」
「えー、そんなことないよ!」
見知った名前が聞こえてきて、びくりと肩が揺れた。そんなことをする必要もないのに、息を潜める。
2人は続けざまに飲み物を買ったようで、ガコンガコンと自販機の音が響いた。
「またまたー、謙遜しなくてもいいから」
「でも、同期の松井さん、だっけ。付き合ってるって噂だし……昨日だって」
「あーそれ私も聞いた。昼休みに染谷さんとくっついてたって話でしょ? 同期だから多少仲いいのは仕方ないって」
やっぱり変な噂になっていることを知り、私は絶望的な気持ちになった。私は社内で無名な存在だから大した問題ではないけれど、染谷くんは違う。近い将来、きっと会社を背負っていく立場になる人間だ。隣に立っていいのは私のような役立たずではなくーー。
「それに、染谷さんにはユミみたいな明るい子の方がお似合いだよ」
「ありがとう。私、頑張ってみる」
パタパタと足音が響き、続いてキイとドアが開閉する音がした。