憧れの染谷くんは、いつも

私たちはしばらく他愛のない会話を続けた。

〝たまには洒落たものが食べたい〟という高瀬くんのリクエストにより注文したマッシュルームのアヒージョは、想像よりずっと熱くて口の中を火傷しそうになる。
慌ててお冷やを貰う高瀬くんに笑ったり、最近のおすすめの映画の話をしたり。

このまま、何も話さず楽しかった気持ちのまま帰りたいな、と思い始めた私に気付いたのか、高瀬くんは急に声のトーンを低くした。


「そろそろいいか? 本題」


さすがにこれ以上ははぐらかせないと観念して、私はフォークを置いた。


「……私、染谷くんから、自立しようと思ってるんだ」

「自立?」


意味がわからないという風に表情無く黙っている高瀬くんに、私は理由を告げた。


「わかったの。染谷くんの好きな人」

「え……わかったって、それは」

「私が近くにいたら、迷惑かけちゃうから。私、染谷くんみたいにはなれないけれど、せめて頼らずに生きていきたい」


一瞬で朝の光景が脳裏に蘇る。どんなに忘れようとしても、ふたりの後ろ姿が頭から離れない。


「松井」


顔を上げると、怒ったような顔をした高瀬くんと目が合った。久しぶりに飲んだお酒のせいで、もう赤くなっている。


「嘘吐くな。本当はそんなこと思ってないだろ」

「吐いてない」


高瀬くんは私から視線を外すと、静かにため息を吐いた。


「……じゃあ何で、そんな泣きそうな顔してんだよ」


私はもう、自分の本当の気持ちがよくわからなくなっていた。


< 36 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop