憧れの染谷くんは、いつも
ーー午後7時。
私は会社のエントランス付近で染谷くんが来るのを待っていた。まだ社内にいるのは、帰り際に営業部フロアを覗いたから確実だ。
本当はそのまま声をかけようと思ったが、仕事話で立て込んでいるようだったので、1階まで下りてきてしまった。
ここなら、確実に声をかけられる。とにかくお礼を言いたかった。
何度目かのエレベーター到着音に顔を上げると、染谷くんがエントランスへ向かって歩いてくるのが見えた。
「そめ……」
私は染谷くんに呼びかけようとして、もうひとりの存在に気付き、慌てて柱の影に隠れた。
(仲川さん……)
あまりの展開の早さにショックを受けつつも、ちらりと様子をうかがう。
染谷くんは、仲川さんの腕を引いて足早に歩いている。ついていく仲川さんの顔が真っ赤に染まっているのがここからでもわかってしまった。
2人は、あっという間にビルを出て行った。
(声、かけられなかったな……)
残された私はひとり、柱に背中をつけたままずるずるとしゃがみ込む。
まだ心のどこかで、2人は付き合っているという確証が持てずにいたのに、手を繋いで帰るほどの仲になっていただなんて。
帰り道、私は久しぶりにお酒を買った。ここで度数の低いチューハイを選ぶあたり、中途半端な私らしいと自嘲してしまう。高瀬くんに『こんなのは酒じゃない』と言われそうだ。
家に帰って部屋着に着替えると、テレビを点ける。最近流行っている連続ドラマが放送されていた。
ヒロインが好きな人に振られて、雨の中歩いているシーンを見ていたら、自分と重なっているように思えてきて悲しくなってきた。
チューハイをゴクリと飲むと、甘い炭酸が喉を伝って流れていく。
今日営業部に行ってしまったことで、仲川さんをまた不安にさせてしまったかもしれない。前に休憩ルームで聞いた声を思い出すと苦しくなり、ぎゅっと胸を押さえた。
どうして染谷くんを好きだということに、気付いてしまったんだろう。
私は、ただお礼を言いたいだけと何度も自分に言い聞かせていたけれど、本当は違う。
染谷くんに会いたい、ただそれだけ。
自立したいと思いながらも、こんなことばかり考える私は浅ましいと思う。もっと言いたいことが言えるまっすぐで素直な性格だったら。
鼻をすすりながらテレビを見ていると、結局ヒロインは別の男性と恋に落ちたようだった。途中何があっても最後は幸せになれる仕様らしい。
テレビから〝気持ちを切り替えろ〟と言われているような気がした。