憧れの染谷くんは、いつも

はは、と困ったように笑う染谷くんを見て、全て私の勘違いだったことにやっと気が付いた。

染谷くんと仲川さんは、恋人としては付き合っていない。仲川さんは染谷くんのことが好きだけれど、染谷くんは〝後輩として付き合って〟いるだけだ。


「多分松井が見たのは、仲川の言い分を聞こうと近場の店に連れて行くところ。……さすがに会社じゃ気まずくて」


手を繋いでたわけじゃなくて、連れて行っただけだから、とやけに強調された。
誰にでも真摯に向き合うところが、染谷くんらしい。


「……染谷くんは、優しいね」


思わず口をついて出た言葉に、染谷くんは俯いて言う。


「本当にそう思う? 俺、仲川に酷いことしたよ」


行かなきゃよかった、と漏らす。


「仲川、俺のことが好きなんだって」


片思いだったと知った今は、仲川さんの気持ちが理解できる。私がもし仲川さんの立場だったら、同じことをしたかもしれない。
同期というだけで挨拶をしてもらえたり、助けてもらえたりする私のことは邪魔でしかなかっただろう。

いつかの、かわいらしい鈴のような、だけどとても不安そうな声を思い出した。

きっとエレベーターで私を牽制したときだって同じだったはずだ。好きな人の視界を自分でいっぱいにしたいという、純粋な恋心に胸を打たれた。

それなのに、私はなんて弱虫なんだろう。立ち向かうこともできず、逃げてばかりで。
〝自立〟なんてもっともらしい言い方をしたけれど、体の良い逃げ道だ。

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