憧れの染谷くんは、いつも

(やっぱり会社の人? 会ったということは、営業部内の人なのかな)


営業部の女子社員の顔を思い出そうとしたとき、ガタンと音がした。

音に驚いて顔を上げると、身を乗り出した染谷くんが、私をじっと見ている。今まで見たことのないくらい、深い目の色をした真剣な表情に、思わず息を飲んだ。


「松井」


何故、こんなタイミングで私の名前を呼ぶのだろうと困ってしまう。そんな切なそうな顔を見せられたら、目を逸らせなくなってしまうから。


「松井、好きだよ。握手した時から、ずっと好きだ」

「……」


その瞬間、ぴたりと涙が止まった。

私は何を言われたのかよくわからず、そのまま染谷くんを見続ける。

握手をしたのは、後にも先にも一度だけだ。そしてそれは、4年も前のこと。


「こんなことならもっと早く伝えるべきだったな」


負け戦、と染谷くんは笑う。それはどこか諦めたような笑い方だった。


(染谷くんが好きな人って、私のこと? 嘘でしょう?)


何と言ったらいいのか思いつかず、まばたきも出来ないまま頭の中でぐるぐる考えていると、染谷くんが視線を逸らした。


「ごめん。やっぱり困らせたろ?」

「染谷くん、私今すごく混乱してて……」


そんな私を気遣ってか何も言わなくていいよ、と言われてしまう。そうじゃなくて、と私はかぶりを振った。


「あの、私」

「知ってる。知ってて言ったんだよ。だから気にしなくていいから。……って、松井は気にするか。優しいもんな」


今日の染谷くんは、やけに饒舌だ。
無理して沢山喋っているようにも思えるが、もしそれが緊張の表れだとしたら。

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