憧れの染谷くんは、いつも

ドアを開けると、幸い誰もいない。私と仲川さんは、パーティションの奥テーブル席に着いた。


(これってもしかして……しゅ、修羅場?)


慣れない状況にそわそわする。しかも、よりによって奥側の席に座ってしまった。
染谷くんだったらこういう時、さり気なく飲み物を買って渡したりするのに、私にはまだまだそんな気遣いなんてできそうもない。

そっと様子を伺うと、向かい合って座っている仲川さんの表情は相変わらず曇ったままだ。

目が伏せられていて、下まぶたの辺りに落ちた長いまつげの影が色っぽいなと思う。こうして改めて見れば見るほど、彼女が染谷くんに振られたということが信じられない。


どれだけそうしていただろう。不意に仲川さんが顔を上げた。


「あの……っ!」

「は、はいっ」


完全に見とれていたため、急に呼びかけられてびくりと肩が震える。真剣な顔をした仲川さんに、思わず身構えた。

染谷くんとの噂を聞いて私のところに来たのであれば、一体これから何を言われるのだろう。

胃の辺りがキリキリと締め付けられるように痛み始めたその時。


「ごめんなさい!」


仲川さんが突然頭を下げたので、何が起こったのか理解できずに目を見開いた。彼女の、さらさらとした長い髪の毛が揺れる。


「あの、仲川さん」


どうしたのか尋ねるより早く、仲川さんが一息で喋る。


「私この間松井さんに嘘を吐いてしまいました」


その言葉を聞いて、昨日染谷くんが教えてくれた話が頭をよぎった。私が勘違いしたあの日のことだ。

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