憧れの染谷くんは、いつも
「……」
さっきの染谷くんが発した一言が頭から離れず、ふわふわした気持ちのまま歩く。
「……結構暗いな」
「そうかな?」
「この道、毎日歩いてるんだろ」
「うん、でもコンビニとかあるし大丈夫だよ。近所に高瀬くんもいるし!」
「……」
心配そうな声色だったため普段より明るく言ってみたけれど、染谷くんは何も言ってくれなかった。
(あれ? 私何か変なこと言ったかな)
しばらくそうして黙ったまま歩く。交差点を曲がると、私のアパートが見えてきた。今度こそ本当にお別れだというタイミングで、染谷くんは突然話を振ってきた。
「あのさ松井。……今週の土曜日って空いてる?」
「土曜日?」
うちの会社は、土日が休みだ。
つまり、私のプライベートの予定を聞いているんだと気付いて、大いに動揺した。まだ何も言われてないのに、ドキドキと早鐘を打つ心臓がうるさい。
「あ、空いてるけど……」
「気晴らしに、どこか出かけない?」
「染谷くん、と?」
他に誰がいるんだよ、と笑われた。
確かにそうだけど、なぜ急にそんなことを言い出したのか分からない。
「たまにはストレス発散しないと、また具合悪くなるかもしれないだろ?」
染谷くんがじっと見つめてくる。
ああ、そうか。
最近噂になっているし、私の体調を心配してくれているんだ。
もしかして私、また染谷くんに気を遣わせてしまったのかもーー。
「松井」
さっきより大きい声で呼びかけられた。思考の渦の中から呼び戻された私は顔を上げる。
「余計なこと考えなくていいから、素直に受け取れよ。それとも、俺と出かけるのは気が進まない?」
「そんなことっ」
つい勢いよく否定してしまった。二人きりで出かけたことなんて今までなかったので、私の頭の中はパニックだったのだ。そんな私を見て何を思ったのか、染谷くんは笑っているようだった。
「もうキャンセル無しな。じゃあ詳しいことは、また後で。おやすみ」
「お、おやすみ……」
染谷くんがアパートから見える交差点を曲がって、視界から見えなくなっても、私はしばらくそこを動くことができなかった。