食わずぎらいがなおったら。-男の事情-

7月の人事異動で、しばらく空席だった開発部長の椅子に、田代さんがやってきた。

香さんが惚れてたらしいって人だ。

俺は管理の課長って思ってたけど、開発にいたときからやり手だったそうで。

先輩達が軒並み挨拶に行ってる。



システム管理の新規長期案件取ったのとかもあの人の功績らしい。効率的な人の配置とかいろいろやって、営業ともうまく交渉したって前に誰かに聞いた。落ち目だった管理部を立て直したって言われてる。

その実績で、あの若さで部長か。



開発部長を誰にするかでずいぶん揉めてたからな。

俺は知らなかったけど、リーダーレベルでは、田代さんの名前も挙がっていたらしい。





香さんも席に言って話しかけてた。頭ぽんぽん叩かれたりしてる。
戻ってきたところで話しかけた。

「仲良いね」

「恩人だからね」

「いい声してるよね」

なんとなく言ってみる。低くて深い声だ。ああいうのが好みなんじゃないの。



「あの人は声だけじゃないよ」

心外そうににらまれた。

「俺は?」

「張り合おうなんて10年早いから」

と偉そうに言う。



ああそうかよ、声だけで悪かったな。





しばらく見てると。

おい、明らかに態度違うだろその人に。

ちょこちょこ仕事を頼まれては「忙しいんですよ、できませんよ」とか言いながらも、なんのかんの世話焼いてる。

完全にお気に入りとして扱われてて、上の人たちは、あの2人変わらず息が合ってるよねと生暖かく見守ってる。

なんだこれ。すげえムカつく。

恩人だか年上だか知らねえけど、相手の結婚が決まって別れたって話が、こればっかりはまるで嘘でもないかもって感じだ。

【妻子持ちはパス】って言ってたよな、このことか。




見た目温和な感じに見える田代さんは、確かに結構な曲者らしく。営業部長と飲みに行ったり同行したりして、何やら動いているらしい。

気には入らないけど、面白くなりそうな予感はする。
< 22 / 52 >

この作品をシェア

pagetop