食わずぎらいがなおったら。-男の事情-
7月の人事異動で、しばらく空席だった開発部長の椅子に、田代さんがやってきた。
香さんが惚れてたらしいって人だ。
俺は管理の課長って思ってたけど、開発にいたときからやり手だったそうで。
先輩達が軒並み挨拶に行ってる。
システム管理の新規長期案件取ったのとかもあの人の功績らしい。効率的な人の配置とかいろいろやって、営業ともうまく交渉したって前に誰かに聞いた。落ち目だった管理部を立て直したって言われてる。
その実績で、あの若さで部長か。
開発部長を誰にするかでずいぶん揉めてたからな。
俺は知らなかったけど、リーダーレベルでは、田代さんの名前も挙がっていたらしい。
香さんも席に言って話しかけてた。頭ぽんぽん叩かれたりしてる。
戻ってきたところで話しかけた。
「仲良いね」
「恩人だからね」
「いい声してるよね」
なんとなく言ってみる。低くて深い声だ。ああいうのが好みなんじゃないの。
「あの人は声だけじゃないよ」
心外そうににらまれた。
「俺は?」
「張り合おうなんて10年早いから」
と偉そうに言う。
ああそうかよ、声だけで悪かったな。
しばらく見てると。
おい、明らかに態度違うだろその人に。
ちょこちょこ仕事を頼まれては「忙しいんですよ、できませんよ」とか言いながらも、なんのかんの世話焼いてる。
完全にお気に入りとして扱われてて、上の人たちは、あの2人変わらず息が合ってるよねと生暖かく見守ってる。
なんだこれ。すげえムカつく。
恩人だか年上だか知らねえけど、相手の結婚が決まって別れたって話が、こればっかりはまるで嘘でもないかもって感じだ。
【妻子持ちはパス】って言ってたよな、このことか。
見た目温和な感じに見える田代さんは、確かに結構な曲者らしく。営業部長と飲みに行ったり同行したりして、何やら動いているらしい。
気には入らないけど、面白くなりそうな予感はする。