食わずぎらいがなおったら。-男の事情-
9月の終わりになって、田代さんに呼び出されて会議室に行くと、人事課長も一緒だった。
「平内、10月から営業に行ってくれないか」
異動か。例の件絡みで?
「営業ですか」
「開発と営業でもう少し人事交流したほうがいいって話はいつも出るんだけどね。なかなか適任がいなくて」
課長が言う。うちの会社は人事が弱くて、総務部の一部扱いになってる。苦労してるのかもな、この人。
「平内くんなら大丈夫だと、田代さんの推薦なんだ」
「何を期待されてると思えばいいですか?」
「ひっくり返すつもりで、って言ったよな。そういうことを期待してる」
「営業部を?」
「いや、会社のよどみを全部」
よどみ、ね。何を指してるのかわかるようなわからないような。
「お手柔らかにお願いしますよ、田代部長」
課長が言う。
この人は味方なんだな。
そういえば、あの人事の子よそから引っ張って来たのもこの人か。これから人事も動くのか。
とりあえず、選択権はないだろう。小さい会社を選んだのは、社内の動きが見えて面白そうだっていう理由もある。
「よくわかりませんけど。今後もご指導頂けるなら」
「開発にちょっと仕事残してってもらうから、俺と定期的に会議入れて」
ああ、営業の情報を報告しろってか。なるほどね。
「了解です」
課長が出て行ったあと、田代さんが重ねて言った。
「お前口堅そうだけど、一応社内で色々しゃべらないでくれよ」
「わかってますよ」
「香ちゃんにもな」
「香は興味ないですよ、そういうの」
ちょっと目を見開いたのを確認する。
ざまあみろ、と思ってることは顔に出ないように気をつけた。ポーカーフェースが大事だろ、こういうのは。
ちょっと間を置いて、田代さんはぱっと見人の良さそうな、でも抜け目のなさそうな顔で笑った。
「近いうち飲みに行くか。お前と話すの面白そうだな、いろいろと」
話さねえよ、いろいろとか。
でも確かに仕事面では面白そうだ、この人についていったら。