僕は、花本美咲を忘れない
自分の部屋のドアを開けると、花本美咲がいた。

バレリーナのように僕の部屋の中をクルクルと無邪気に舞っている。


「この匂いはー...肉じゃが!」


そして、決めポーズをしながら料理名を叫ぶ。

まったく、人の家で何をしているんだ、彼女は。


「正解」

「ひゃっほう!」


そして、何をやっているんだ、僕も。


「色々考えてくれたみたいだね、佐崎くん」

「あー、うん。まぁね」

「佐崎くんが何を願ってくれたのかは分かんないけど、お父さんもお母さんも良太も、笑ってくれたらいいなぁ」


彼女はくるくると周り、僕の椅子に座った。


「あー...目回った」

「あんなにクルクル回ってるからだろ」

「あはは、ごもっとも」


彼女はそう言って笑って、僕を見た。


「ねぇ、佐崎くん」

「何?」

「肉じゃが、美味しかった?」


少し意外だったその質問に、僕は「うん」と答えて、ふと気づいた。

彼女はもう、食事をすることすら出来ないのだ。


「あ、いや、その...」

「私、肉じゃがに入ってるお肉が苦手なんだよねぇ。肉じゃがは好きなんだけど」

「それただのじゃがいもじゃん」

「そうそう、そうなんだよ。でも、私はいつも肉を除けてじゃがだけ食べてる」


何の話だよ、と思ったが、それが彼女の優しさに思えた。

質問をした後で、僕が気を遣うのではないかと考えたのだろう。


「...ありがとう」

「ん?何が?あ、そうだ。あのさ、いつか私に、肉じゃがのじゃが、供えに来てよ」


彼女は優しく笑った。


「肉じゃがのじゃがってなんだよ、じゃがって」


僕も、釣られて笑った。
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