びいだま。
そうこうしてるうちに
僕の目の前にはさっきまでどこか実感わかずに
遠く見えていたあの屋敷があった。
最初見た屋敷とは思えないほど、
近くで見るととても綺麗なところだった。
その理由はすぐに分かった。
花壇だ。
……というより、花園のような庭だった。
七月も半ばにかかろうとしている今日この頃に
今を盛りとばかりに咲き誇ってる花々は
陽の光を草のつゆに反射してキラキラと輝いていた。
あまりにも幻想的で美しかった。
「……ここ、でいいんですよね?」
「ああ。ここが今日から君の家だ」
すっと深く息を吸いこんで
ゆっくりと吐いた。
かすかに潮の香りがする
透き通った空気が僕の体を満たした。
「おじさ……」
中に入ってもいいか、と聞こうとして
叔父さんの方を振り向いた僕は、言いかけた言葉を飲み込んだ。
叔父さんは、泣いたような笑ったような顔で
庭を見つめていた。
「……あ、あぁ、ごめんね凪咲くん。
ちょっと、姉さんのこと思い出しちゃって」
「母さんの……」
「……悪いんだけど、先に中に入っててくれないかな。
これ、鍵だから。荷物とかは俺が後で全部運ぶから
軽く部屋の中見といで」
僕の手に古い鍵を渡すと、
叔父さんはにこりと微笑み僕に背を向けた。
「……はい」
扉を開けようとしてまた1度振り返った時、
叔父さんの肩は小刻みに震えていた。
……
叔父さんは、
お父さんやお母さん、
つまり僕の祖父母に当たる人達よりも
姉である僕の母さんに、
よく懐いていたと聞いたことがある。
5歳離れた弟が本家を出て生活すると聞いた時
お母さんは僕に
「あんなに甘えん坊だった春馬がね……」
とくすくす笑いながら話してくれた。
神代家は代々本家生まれの長子が
次期当主になるルールらしいけど、
母さんは父さんと結婚した時に神代家とは
縁を切ったから、
叔父さんが次期当主と期待されてたらしい。
まぁ……そうでなくても母さんは死んじゃったから
叔父さんが当主になるのは確実だったけどね。
そんな叔父さんまで家を出て生活をするってなって
焦ったおばあ様は本当は縁を切ったはずの
母さんの息子である僕を神代家に迎え入れようとしてるんだ。
別におばあ様が僕を別荘に呼び寄せた理由は
僕の体調を気遣ってじゃなくて
「後継ぎ」である僕が簡単に死なないようにするため。
………どんな理由であれここに来れたのは良かった。
空気も綺麗だし、家もお世辞じゃなく気に入った。
それに、
東京にある僕と父さんと母さんで過ごした
……今は空っぽの家にいるよりましだ。