その背中、抱きしめて 【下】
「ゆずっ」
上から降ってくる声は、高遠くんの声じゃない。
けど、今はそれでもよかった。
私の行き場のない怒りと悲しみを涙ごと受け止めてくれるなら、高遠くんじゃなくてもよかった。
誰もいない昇降口で、両手で顔を覆って声を上げて泣いた。
その両手ごと洋平くんの胸に押し付けられて、強く抱きしめられた。
しばらく経って少し落ち着いてきた頃。
「今朝、目が腫れてたのはあれが原因?」
洋平くんの声が、胸から振動となって耳に伝わる。
私はコクッと小さくうなずいた。
「ゆずの彼氏なんだろ?何で他の女が腕組んでんだよ」
「…私もわかんない。取られたのかも…」
「はァ!?」
洋平くんがビックリして、私を胸から少し引き離す。
「取られたって…。いや、でもあの子そんな感じするけど」
ちょっと言いにくそうに、洋平くんはそっぽ向いて頭を掻いた。
「高遠くんは何も言ってくれないからわかんない。気持ちがあの子に向いちゃったのかも、私とは別れたのかも…何もわかんない」
高遠くんは残酷だよ。
ハッキリ言ってくれた方がマシなのに。
何も言ってくれないのは、一番残酷だよ。