冷徹社長が溺愛キス!?
◇◇◇
どうにかこうにか支度を終え、社長と一緒にマンションのエレベーターを降りる。
昨夜、私の身に起きたことが、朝の光に照らされることで消えてしまったかのように、社長の態度は以前と何ら変わらない。
そうなると、あのキスはやっぱり気まぐれでしたことで、そこに何の意味もないのだ。
それを再び思い知って、胸が痛かった。
想いが通じる相手ではないと頭で分かっていても、心では簡単に割り切れない。
キスをきっかけにして自分の気持ちに気づいたことがやるせなかった。
エレベーターが一階へ到着すると、社長は郵便受けから新聞を取り出し、エントランスを抜ける。
外は、カラッとした空気が心地よかった。
たぶん、駅へ向かっているんだろう。
置いて行かれないように社長のうしろを黙々と歩きながら、見慣れない街の景色が行き過ぎていく。
高級そうなマンションが建ち並ぶ場所を抜け、しばらく歩いたときだった。
社長が不意に足を止めて、吸い込まれるようにして小さな店の中へ入ってしまった。
何のお店だろう。
出入口の上に掲げられた看板には、“焼き立て”という文字と“福ちゃん”という店名らしきものが描かれていた。
社長が入った拍子に、店内からいい香りが漂ってくる。
もしかして、パン屋さん……?
首を傾げていると、入ったはずの社長がすぐにドアから顔を覗かせた。