冷徹社長が溺愛キス!?
そんな社長のまさかの登場に、体が強張る。
仕立ての良いスーツには、一輪挿しからこぼれた水でできた染みが広がっていた。
スカートのポケットからハンカチを取ろうにも、私の両手はふさがっている。
一輪挿しが倒れたことで安定性の悪いトレーを持っているからだ。
どうしようかとようやく考え始めたところで、麻里ちゃんがすかさず自分のハンカチを出して社長のスーツを拭いてくれた。
「すみません、濡れてしまいました」
「申し訳ありません……」
麻里ちゃんに続いて、私ももう一度頭を下げる。
チラッと盗み見るように社長の顔を見上げると、ムッとしたように眉を潜めていた。
奥二重の涼し気な目元が、下等動物でも見るかのような冷ややかな色を滲ませる。
私は逃げるように即座に目を逸らした。
「俺は、洋服の上から水を浴びるような趣味はないぞ」
「――も、申し訳ありません!」
棘のある言い方でこそなかったものの、なんせ相手は社長。
笑って済ませられるはずがない。
これがほかの取締役だったら穏便に済ませられただろうが、傲慢で有名な社長だ。
このあと、どんな言葉が飛んでくるのかビクビクしながら、上半身を九十度に折り曲げた。
トレーを頭の上方へ掲げるという、なんとも情けない状態で。