そろそろ、恋始めませんか?~優しい元カレと社内恋愛~
「長井の家、ここ?」
私は、自分の住まいとずい分様子が違う立派な建物を見まわした。
「ああ。そうだよ」
長井が案内してくれたマンションが、社宅として使われてるのは知っている。でもここって、単身者は住めないんじゃなかったっけ。
「ここに住んでるの?一人で?」
長井が、一瞬鋭い視線を送って来る。
なにがいいたいんだ?って。
もともと、さらっとした髪が雨で濡れて、滴になって滴り落ちている。それを時々、うっとうしそうに彼は手で払う。
「当たり前だろ。自分で借りた訳じゃない、社宅だから」
それは、知ってるよ。
「社宅って。家族持ちじゃないと借りられないんじゃないの?」
長井の顔から、警戒の色が消えた。
ああそれでかと、納得したみたいに彼が頷いた。
「転勤者は別なんだ。それに、単身者用のちょうどいい物件がなくて、危うく関東の果てから通う羽目になったところ、紗和に頼んで無理に入れてもらったんだ」
「そっか。ここになってよかったね。いいなうらやましいよ。でも、関東の果てだっていいところだよ」
長井は、そうだった、ごめん、と笑って答える。
顔をくしゃっとさせて、笑わないで。
「亜湖は、そっちの方の出身だっけ」
「うん。そうだよ」
「亜湖、部屋に上がって行けよ。服、乾かさなきゃ」
急に、彼の顔が引き締まって、真面目な顔になる。
緊張するとこうなるの、変わってないね。
「ありがとう。でも、自転車だけ置かせてもらって、電車で帰るよ」
最初からそうするつもりでここに来た。付き合ってる振りをしてるだけだけど、一応彼氏がいる設定だ。
「だめだって。そのまま帰ったら風邪ひく」
長井も、私に付き合って同じようにびしょ濡れだ。
「上がるわけにはいかないって」
服は、ぐっしょり濡れてとっても気持ち悪い。
「今回は、特別だろ?そんなんで帰ったら、絶対に風邪ひくぞ?それに、そんなに濡れてたらタクシーにも乗れないぞ」
「長井……」
確かに、それはとっても心を動かされるけど。
「断るのは、俺の事、意識してるから?」
「してない」
「なら、大丈夫だろ?」