3.5センチメートルの境界線
絵理は1人、うつむいて歩いていた。
その背中にはスクールバックとラケットケース。
部活の帰り道だった。
絵理達3年生、最後の夏が迫る中、部活の同級生が曖昧なやる気を見せていた。
部活に参加しない日が多く、参加してもぼーっとして、完全にお荷物になっていた。
部長である絵理は、チームを上手くまとめられない葛藤と、言うことを聞いてくれない同級生への怒りが頂点に達し、感情全てをその同級生にぶつけてしまったのだ。
その結果、自分の事を自分でどうにかすることも出来ずに、人にぶつけてしまった自分の不甲斐なさに恐ろしく落ち込んでいた。
「…はぁ……」
ため息をしただけで、胸がズキズキと痛んだ。
どうして自分はこんなにも情けないのか、
部長というのは名ばかりで本当のお荷物は自分ではないか。
ただただ自分の弱さを憎むばかりだった。
ガンッ
「いだっ!?」
突然誰かに頭を殴られる。
振り向くとそこには飄々とした俊太が立っていた。
絵理がものすごい形相で俊太を睨む。
「なにあんた。」
「えー別にー。」
渾身の睨みをものともせずに、絵理を置いて歩き出す。絵理は不信感を覚えながらもゆっくりとそれに続く。
「……………。」
「………。」
いつもなら俊太がベラベラ喋っているはずの光景とは裏腹に、静かだった。
絵理が口を開く。
「笑いに来たわけ?」
「は?」
男子テニス部は隣のコートで練習をしていたので、絵理の怒鳴り声は確実に聞こえている。
「私の、今日の…馬鹿みたいだったから…聞こえてたんでしょ?」
「うん、すげー聞こえた。」
へらへらと笑う俊太。
絵理はやっぱりかとうなだれる。
「でも、笑いに来たわけあるかよ、馬鹿。」
「…え?」
俊太の言葉に絵理は顔を上げる。
「…怒った時になんで怒ったのかなんて、本人にしか分かんない事もあるだろ。
その本当の理由も知らないやつに笑われたり、バカにされたりしたら俺は腹立つね。」
「………。」
予想外の言葉に返事を探すが、何も出てこない。
「…お前いつも強がってるけど、俺には見え見えだからな。」
「な…。」
「強がんなくて良いんだよ。お前はもう十分強いと思うぜ。」
「…っ……。」
頭に優しく手がおかれる。
こらえていた胸の中にあった熱いものが一気にあふれ出る。
とっさにうつむくが、涙が出てしまう。
「…な…何よぉ、俊太のくせに……。」
「あはは、落ち込んでるだろうと思って。」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。
泣いてるのがばれないように必死に下を向く。
「よく頑張ってるよ、お前は。」
いつもとは違う優しい声に止まらない涙。
ぼんやりと浮かぶ夕日にでさえまぶしさを覚えた毎日。
言葉に出来ない気持ちがあることを感じながら、絵理はただ横に並んで歩くだけだった。