恋色シンフォニー 〜第2楽章〜
9.約束
……今日の彼は、少し違う。
弾く前の気合いが違う。
私が練習室に入った時には、既に、濃密な空気がたちこめていた。
ヴァイオリンと弓を手に、「どうぞ」と微笑む彼の姿に、クラッとくる。
どんだけだ、自分。
定演でのヴァイオリン協奏曲から1カ月。
まさかまたこんな気合いの入りようを見るとは思わなかった。
私が椅子に座ると、圭太郎は調弦を確かめる。
その音にさえ、ドキドキしてしまう。
「では」
圭太郎は情熱が宿る瞳で私を見た。
『覚悟はいい?』って言ってるみたいだ。
パガニーニ作曲、24のカプリース(奇想曲)、第24番。
無伴奏のヴァイオリン曲で、主題・11の変奏曲・終曲からなる、5分くらいの作品。
ただ、超絶技巧目白押しなので、あまりに目まぐるしくて、あっという間に5分が過ぎてしまう。
機会があれば、ぜひ視覚的に見ていただきたい。聴くだけではわからない超絶技巧を目にすると、とても人間業とは思えない。
私はいつも、どれだけ練習を積み重ねたらこんな風に弾けるのかと、気が遠くなる。
そんな難曲でも、彼のことだ、弾いちゃうに違いない。
––––覚悟はできてます。
私が短く拍手すると、圭太郎は好戦的な微笑みを浮かべて、楽器を構えた。
……弾く前からかっこよくて心臓バクバクする。