誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
秋も深まった九月の某日、斎藤は祇園【ぎおん】の坂を歩いていた。
半年前に新撰組の屯所を離れて以来、両手両足の指では数え切れぬほど、斎藤は祇園を訪れている。
御陵衛士と共に行動する斎藤の連絡手段として、色男で鳴らす土方が指定してきたのは、祇園通いを隠れ蓑【みの】にすることだった。
土方が信頼する見世【みせ】を仲介として、斎藤は時に土方への言伝【ことづ】てを残し、時に土方と差し向かいで話をする。
土方が指定する見世はほどほどの格式のもので、堅苦しいとまでは言わないが、派手な痴態は忌避される。
存外に初心【うぶ】な斎藤にはこれくらいがちょうどよいだろうと、土方は女殺しの微笑を浮かべてみせた。
あれが春の終わりの三月だ。