誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
誰かを殺すとき、斎藤の目に映る標的は、人とは違う存在になっている。
声など上げさせないし、稀【まれ】に何かを喋らせてしまったとしても、斎藤の耳は言葉を全く理解しない。
斎藤の体は熱く火照り、いくらでも速く動くことができるが、頭の中身は薄暗く冷え切っていて、何も考えない。
普段から鈍っている心は、刀を抜けば完全に動きを止める。
本能だけが、目の前の標的を斬れという使命に、忠実に働く。
女を抱くのも同じだった。
嬌声が何を語ろうと耳を貸さず、頭も心も閉ざして、火照った体と本能だけを存分に動かせばいい。
斎藤は行為に没頭する。
そのほかの何もかもを忘れる。
女の肉体そのものよりも、激しくて空虚なその時間を、斎藤は求めた。
土方との連絡云々を抜きにして、祇園乙部へ足を向ける夜が増えた。