誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


誰かを殺すとき、斎藤の目に映る標的は、人とは違う存在になっている。


声など上げさせないし、稀【まれ】に何かを喋らせてしまったとしても、斎藤の耳は言葉を全く理解しない。


斎藤の体は熱く火照り、いくらでも速く動くことができるが、頭の中身は薄暗く冷え切っていて、何も考えない。


普段から鈍っている心は、刀を抜けば完全に動きを止める。


本能だけが、目の前の標的を斬れという使命に、忠実に働く。



女を抱くのも同じだった。


嬌声が何を語ろうと耳を貸さず、頭も心も閉ざして、火照った体と本能だけを存分に動かせばいい。


斎藤は行為に没頭する。


そのほかの何もかもを忘れる。


女の肉体そのものよりも、激しくて空虚なその時間を、斎藤は求めた。


土方との連絡云々を抜きにして、祇園乙部へ足を向ける夜が増えた。


< 126 / 155 >

この作品をシェア

pagetop