誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
大政奉還を受けて、伊東は一和同心を基軸とする政治改革案を練り直し、建白書としてしたためた。
斎藤が知る限り、十一月上旬までの時点に書き上げた建白書は五通に上る。
伊東は、朝廷や徳川家との直接の対話を試みる一方で、新撰組の近藤とも語り合いたいと望んでいた。
時局が変化した今、互いに歩み寄れはしないかと、伊東は初心に帰って対話を求めたのである。
今なら伊東は近藤や土方の誘いに乗る。
その情報を携えて、十一月十日、斎藤は高台寺を抜け出した。
普段と何ら変わらぬ午後だった。
伊東が、ここの椿はまだ咲かぬらしいと、少し寂しげに笑っていた。
藤堂が、毬【まり】のように弾む足音を立てて、体がなまらぬようにと裏庭を駆けていた。
剣術稽古の掛け声が聞こえ、英語を学ぶ声が聞こえ、質問でもあるのか伊東を呼ぶ声が聞こえた。