誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


「斎藤は、これから出掛けるのかい」



「ああ」



「またぞろ懇意の吉田道場に顔を出しに行くのか? なあ、そこにおまえの女がいるってわけだろう? そろそろ白状しろよ。どんな娘なんだ?」



「違う。父親の縁故だと言っている。俺が江戸にいられなくなったとき、庇ってもらった。借りは、返せるうちに返しておきたい」



「口が堅えな。まあ、そういうことにしといてやるけどな。悩みがあれば相談しろ。贈り物でも口説き文句でも、女がどういうもんを喜ぶか、俺が教えてやる」



「いらん」



斎藤は投げやりに言い放って藤堂から逃げ出し、壬生の屯所を後にした。


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