誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


茶で口を湿した斎藤は、正直な言葉を告げた。



「俺は、茶の良し悪しはわからない。茶は、飲む機会がない。淹れてもらうだけでも、ありがたい」



ほほ、と、志乃は小さく笑った。


居心地の悪い斎藤は、淡々と、新撰組三番隊組長として洛陽動乱において見聞きしたことを語った。



志乃は、飛び抜けて物覚えがよい。


聞いた言葉をまるまる全て暗記できるという。


そして口が堅い。


そんな女であればこそ、主に吉田道場を任されている。


志乃は、主にとってただの妾【めかけ】ではない。



斎藤は、耳目である。


考える頭も、思う胸も、感じる心も、必要とされない。


物を観察する目と、話を聞き分ける耳と、生き延びるための剣の腕さえあればいい。


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