誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


「斎藤様は、生き証人にならはるだけでええのどす。死なんといておくれやす。死なはったら、うちの大事な先生が御困りになりますさかい」



志乃が先生と呼ぶあの人は、名を勝麟太郎【かつ・りんたろう】といい、号を海舟【かいしゅう】としている。


日本という国の内憂外患の時局を、世界で最もよく理解する男だ。



あの人の思い描く絵図のままに、この混迷の時代はいずれ切り開かれていくのだろうかと、斎藤は思う。


国、というものの形を、わけもわからぬ斎藤に説いて得々としていた顔を思い出した。



斎藤は、勝海舟ほど途方もない存在をほかに知らない。


位の高い幕臣でありながら、幕府の力は弱いと言い放つ男は、古今東西を見渡しても、勝しかいるまい。


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