誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


試衛館は貧しかったが、近藤の鷹揚で誠実な人柄が為せる業だろうか、百姓や商家から慕われて出稽古の呼び声が常に掛かり、野菜やら何やらと差し入れが集まっていた。



伊達男の土方はときどき派手な色恋沙汰を起こして近藤を呆れさせたが、当人は涼しい顔をしていた。


天才児の沖田は、彼が付ける稽古が厳しすぎると苦情を寄せられることがあり、そのたびに拗ねては近所の神社で子供らと遊んで気を晴らした。


人懐っこいところのある藤堂は、年上の永倉や原田からは酒の飲み方や喧嘩の仕方、井上や山南から一通りの学問を教わっていた。



それぞれの生き様を見せる仲間たちの中で、自分はどんな人物だっただろうかと、斎藤は思い返すことがある。


近藤の、剣を持ったときの気迫と持たぬときの穏健。


得意げな澄まし顔で俳句を詠んでみせる土方の声音。


沖田と藤堂がじゃれ合うところへ、永倉と原田が茶々を入れ、井上と山南が微笑んで見守る。


皆の様子はよく覚えているのに、自分がその光景のどこに存在したのかがわからない。


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