誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
文久二年(一八六二年)の暮れである。
かねてより労咳【ろうがい】を患【わずら】っていた母が、風邪でも引いたのか熱が下がらず、寝付いていた。
母は、見る間に痩せ衰えていき、年を越せるかどうかと医者も匙を投げた。
暗く重い空気に満たされた家に、斎藤は帰りたくなかった。
一人で酒を飲んでいた。
途中から、近くにいた浪人にしつこく絡まれ出した。
適当にあしらっていたのだが、浪人が病弱な妻を厭う話をし始め、かちんと来たあたりから、斎藤の記憶は途切れ途切れになっている。
表に出ろと告げた自分の声を、ひどく遠くで聞いた。