誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


その衝動は、怒りに似ていた。


ただ、怒りよりも理不尽で奔放な代物だった。


相手が自分より弱いと確信していた。


だからこそ相手を容赦なく押し潰してみたいと思った。


背徳的な衝動は、歯止めが利かなかった。



どくんどくんと高鳴る心臓が送り出す血が、さわさわと音を立てて沸騰しながら、全身を隈なく巡っている。


浪人が喚【わめ】く声も、倒れた酒瓶が割れる音も、何も聞こえなかった。


目に映る景色は全て鈍重で、熱くたぎる自分だけが鋭敏で軽快だった。


今なら何でもできる気がした。


斎藤は、滅多に浮かべぬ笑みを、口元に浮かべた。



料理屋の上がり框【かまち】から逃げ出した浪人をやすやすと路地裏に追い詰め、斎藤は左差しの刀を鞘ごと帯から抜いた。


そして右差しの位置に鞘を据えるや、左手で刀を抜き放った。


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