誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
斎藤は、斬ることも逃げることもしなかった。
暗示に掛けられたように、ふらふらと、男の後を付いて歩いた。
家には帰れぬことを悟っていた。
試衛館の日常にも、きっと戻れるまい。
人ひとりの命を奪った代価は、本来ならば斎藤自身の命で贖【あがな】わねばならない。
それを曲げてやろうと都合のいいことを言われたからには、まともでない人生を覚悟すべきだった。
男は、妾【めかけ】の家だという屋敷に斎藤を連れて行った。
そこから先、起こった出来事の時系列が混乱している。
夜中にも拘【かか】わらず、風呂に入れられた。
かんかんに熱い番茶を飲んだ。
左利きとも右利きともつかぬ斎藤の所作を、男はおもしろがった。