誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―
幕府の要職に就いている人物の名など、斎藤はよく知らない。
男は勝麟太郎と名乗り、私塾の門弟には勝海舟と呼ばせていると言った。
「海舟って号は、なかなか洒落てるだろう? 俺は海が好きで、船も好きだ。船酔いしちまうんで、自分で海に繰り出してえわけじゃあないがな」
日本は海軍を創るべきなのだと、勝は滑らかな口調で説いた。
斎藤は、江戸の下町で道場に通い詰め、ときどき海の反対側の多摩の宿場町へ出稽古に足を運ぶ日々を送っている。
大砲を備えた巨大な船を数百隻も創る話など、想像を絶していて、勝の話は意味がわからなかった。