クールな准教授の焦れ恋講義
「なんで講義がないのにこうも忙しいんだろうな。おかげでゆっくり本も読めない」

 串から抜いたつくねに箸を伸ばしながら先生が呟いた。空腹ではあまり飲めないタイプらしくしっかりと食べるのも欠かさない。

「そう言って読んでるじゃないですか」

 今の今までこの前読んで面白かった本について延々と語っておいて言う台詞ではないだろう。

 ちなみに先生が最近読んで面白かった本は「「塩」の世界史」という本らしく、人類史上においていかに塩が様々な役割を果たしてきたのかということを熱く説明してくれた。先生の分野である宗教面での解説は講義一コマ分を聞いた気分だ。

 二人で食事をしてもいつも仕事の話か、こんな調子で先生の話に付き合ってばかりで男女として意識するようなことが一つもないのは辛いところではあるが、これも惚れた弱みだからしょうがない。それに先生の話を聞くのは昔から嫌いではない。

 私はわざとらしく背筋を伸ばした。
 
「忙しいのはしょうがないですよ、年度末ですしね。私ももうすぐ二十五歳ですし」

「ということは俺ももうすぐ三十五か」

「人の年齢で自分の年齢を確認するのやめてくれます?」

「三十過ぎたら、いちいち年齢数えるのも面倒になってくるんだよ」

「それは現実逃避をしたいだけなのでは?」

 私の誕生日は今月末、三月二十五日である。そして先生は、ちょうどその一ヵ月後の四月二十五日が誕生日なのだ。

 誕生日を覚えるのも覚えてもらうのも簡単でその点はすごく有難い。けれど私と先生の年齢差が九才になるのはたった一ヶ月なのだ。

 さっきから何気なく社会人三年目だとか、自分の年齢を言うのには理由がある。そう、あのとき先生が告げた三年がやってくる。先生はどう思っているんだろうか、むしろ覚えているんだろうか。
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