クールな准教授の焦れ恋講義
「先生、ご馳走様でした」

「いいよ、お前には何かと世話になってるしな」

 会計をしようと大将に声をかけて私は先生に改めてお礼を告げた。このお店はレジはなく席で会計する仕組みだ。やってきたのは大将の奥さんでシンプルな割烹着がとてもよく似合っている。

「巴先生は結婚しないのかい?」

 慣れた感じで会計を済ますと奥さんはなんでもないかのようにさらっと訊いてきた。

「よく言われますけど、機会がないもので」

「あらやだ。この前、美人さんといらしてたじゃない。てっきり恋人なんじゃないかってうちの人と話してたのよ」

 一瞬、なんのことか理解できずに私の頭は混乱した。瞬きするのも忘れて硬直してしまい、乾いた瞳が勝手に潤んでいく。しかし、ここで私が動揺しているのを先生にも奥さんにも知られるわけにはいかず、私は黙りこくるしか出来なかった。

 本当は「先生、そんな人がいたの?」なんて奥さんと一緒になって訊いてしまえばいいのに、そこまで出来るほどの余裕が私にはない。

「あー、違いますよ。彼女は大学のときの先輩で仕事の関係でこっちに来てたので久々に会っただけです」

 照れもなく困ったように言う先生に奥さんは「そうなの? とってもお似合いだったからつい」とこれまた私の心を乱すような発言を返していた。

 初めて私をこのお店に連れてきてくれたときは先生は私を最初から「元ゼミ生」なんて紹介をしていたから、大将や奥さんに変に勘繰られることもなかった。でもそれを差し引いても私と先生がお似合いだなんて言われることはないだろう。そのことを嫌でも意識させられる。
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