クールな准教授の焦れ恋講義
「これ、専門書じゃなくて一般向けですごく面白くて読みやすいんだ。第二章はちょっととっつきにくいかもしれないけど、よかったら読んでみて」

 「民俗学への招待」というタイトルの本を差し出され、私は反射的に受け取ってしまった。これをわざわざ渡すために研究室まで戻ってくれたのだろう。

「ごめん。俺が面白い講義が出来たらいいんだけど、まだまだで。って、俺の講義をとってくれているかどうかも知らないんだけど」

「あ、月曜二限のですよね? とってます。」

 そう言うと先生は途端に笑顔になって白い歯を覗かせた。

「とってくれてるんだ。なら早川さんに大学の講義って意外と面白いかもって思ってもらえるように頑張るよ。それ、返すのいつでもいいから。もし興味をもってもらえたら他のも貸すよ」

 じゃ、と軽く手を上げて行こうとする先生に私は慌てて叫んだ。

「本、ありがとうございます。先生の講義、面白いですよ」

 軽く微笑んでくれた先生の後姿を私はそのままずっと見送った。そして貸してもらった本をぎゅっと握りしめる。我ながら単純だと思う。それでもこの一件のおかげで私の大学生活は民俗学と巴先生にどっぷりはまることになった。

 本を貸してもらうことから始まり、私は先生との距離を少しずつ縮めていった。先生が面白いと勧めてくれる本は少々難しくても頑張って読んだ。元々勉強はそんなに好きではなかったけれど講義にも欠かさず出席して質問しながらレポートもしっかりこなした。

 競争率の高かった先生のゼミは二回生から所属し、ゼミ外のフィールドワークにもちょこちょこ連れて行ってもらって卒業論文は優秀論文にまで選ばれた。先生にとっては申し分のない「いい学生」だったに違いない。
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