クールな准教授の焦れ恋講義
「先生も出会ったときは二十代の真面目な好青年だったのに」

「今でも真面目な好青年だろ」

 さっきのお返しとばかりに話題を振ると先生は打てば響くように何食わぬ顔で返してきた。

「どうでしょう」

 初対面のときと今とではだいぶ印象も違う。意外と不真面目で面倒くさがりで、適当なところが多い。外見はあまり変わらないくせに、初めて会ったときは講師だった先生も今は准教授で仕事量もあの頃よりずっと多くて多忙だ。

 学生が先生の研究室に押しかける光景もあまり見なくなった。色々と変わっているのだ。私だってあの頃のままではない。 

「そういえば今日読んだ原稿はいつ締め切りなんですか?」

「今日だけど」

 平然と言ってのける先生に対し私は唖然とした。

「ちょっと、こんなところでご飯食べてる場合じゃないでしょ」

「いいんだよ。締め切りになって「すみません。で、いつまで締め切り延ばせますか?」って聞いてからが勝負だから」

「全然真面目な好青年じゃないじゃないですか!」

 机を鳴らしそうになったが、ぐっと堪える。ちょうど頼んでいただし巻き卵が運ばれてきたからだ。

「まぁ、これ食って落ち着け。好きだろ」

「……好きですけど」

 お皿をこちらに寄せられて私はおとなしく一切れ口に運んだ。大根おろしに染みたお醤油がなんともいい塩梅でふわふわの卵の味を引き立てる。

「学生には一分でも遅れたらレポート受け取らない、なんて言ってるくせに」

 小さく抗議する私に対し先生は軽く笑った。その顔に私はどうも弱い。 

「そうだな。大人はずるいんだよ」

「本当、ですよ」

 本当に先生はずるい。私の気持ちなんてとっくに知っているのに。それでももっとずるいのは私のほうだ。私は先生に告白して一度振られているのに。
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