御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
「陸!」
駆け寄ろうとした私を、今度は両腕を強く掴んで拘束する。久しぶりに間近でみた康弘さんの顔は、まるで別人のように荒んでいた。
目は落ちくぼみ、もう何日も手入れをしていない無精ひげが顎を覆っている。トレードマークだった清潔感は、もう微塵も感じられない。
薄汚れてしわくちゃなスーツの上着が、康弘さんの今を物語っている気がした。
「離してください」
震える声でそう告げる。こんなに変わり果てても、この人は長い年月私たちと苦楽を共にした人なのだ。
これまで何度も様々な知識を与えてもらい、機知に富んだ対応で父を助けてくれた。こんな状況でも、まだ彼を信じたい気持ちが心の底から消えない。
「もうこれ以上、失望させないでください。……康弘さんに対して、私たちの配慮が足りなかったのなら謝ります。だけど、もう十分でしょう?父は何もかも失って、生きる理由だったような研究も今はもうできません。」
「……ファイルが開かないんだ」
「え……?」
虚ろな眼差しを向ける康弘さんが、つぶやくように言った。
「暴走を止めるためのマニュアル……。社長は決して俺には教えてくれなかったけど、マニュアルのデータは手に入れたんだ。だけどどうしても開かない。パスワードが分からない……」