御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
「なんのことですか。とにかく手を離して!!」
「社長はいつも言っていた。『研究だって、人だって、結局は愛情なんだ』って。『だから君が迷った時は、迷わず自分の愛する人のことを考えればいい。僕はいつもそうしている』ってね。だから、あのファイルのパスワードも、きっと君に関することなんだ。あの人はいつも、謎解きのように俺を試していたから」
私を見据える瞳が暗く揺らめいた。怖い。完全に常軌を逸している。その手から逃れようともがく私を、彼は力づくで引きずり、そばに停めてあった軽自動車に無理やり乗せようとする。
「やめて!誰か助けて!!」
「姉ちゃんを離せ!」
背後から掴みかかった陸を、康弘さんがわずらわしそうに振り返る。そして何の躊躇もなく陸の顔をこぶしで殴った。
あまりのことにショックで呆然とする。
が、陸は一旦は倒れたものの、またすぐ起き上がって康弘さんに掴みかかる。そんな陸を、康弘さんがまた何発か殴った。
「やめて!誰か、誰か助けて!!」
大きな声で助けを求めると、少し離れた建物の窓が開いた。
誰かが「どうしたんだ」と叫んでいる。
「警察をよんで!」と叫ぶと、「分かった」という返事が聞こえた。
私の大声が聞こえたのか、大通りの方からも何人かの人が覗き込んでいる。
「止めて!陸を離して!」
ざわめき始めた周囲に気づいた康弘さんが、ハッと顔を上げる。
しがみつく陸を振りほどくと、慌てて軽自動車に乗り込んだ。
そして、瞬く間にその場から走り去っていった。