御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
黒い画面に緑のコマンド。父は最終パスワードを聞いてくる液晶を、怜人さまに向ける。
「康弘君にいつも言っていた言葉だけど、君にもヒントを与えよう。僕の研究の根幹は人類の自然に対する飽くなき挑戦だ。だけど心を奮い立たせる力は、いつも最愛の人たちに貰っている。僕にとっては今ここにいる家族だけど、君の心を困難に立ち向かわせるものは何かな。その答えを、ここに打ち込んでほしい」
父が慈しむような眼差しで怜人さまを見つめている。
『いつも謎解きで僕を試していた』と言った康弘さんの苦悩に満ちた眼差しを思い出す。
不安に満たされる私とは違って、怜人さまは誰にも犯すことができない崇高な面持ちのまま、パソコンに向かう。
そして迷うことなくキーボードを叩き、Enterキーを押した。
その瞬間、おびただしい文字の羅列が画面を走り、埋め尽くしていく。
「簡単だっただろう?」
「理咲さんと出会って幸福な時間を過ごすたび、いつも僕の心に浮かんでいた言葉です」
その日初めて、父の顔に笑顔が宿った。もう長い間この顔を見ていなかった気がする。
自然に、私の頬を涙が伝った。