御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
「少々お待ち下さい」
六車さんと呼ばれた秘書の人は、一旦ヘリの中に戻るとすぐにまた姿を現す。
「怜人さま、こちらでよろしいでしょうか」
「ええ。ありがとうございます」
「では、お急ぎ下さい。飛行機の時間が迫っております」
そう伝えると、六車さんは先にヘリに乗り込んだ。
受け取った黒いストールを広げると、彼は長い両手でそれを広げ、ふわりと私の体を包み込む。
柔らかなカシミヤの感触が、肌に触れた。
「ストールはさっき落としてしまいましたから、今日はこれを羽織って帰ってください」
「でも、これ……。高価なものではないですか?あの、お名前を教えていただけたら、後でお返しに……」
「返却は必要ないですよ。今日あなたと会えた記念に……。そうだ。僕は西条(さいじょう)怜人。あなたは?お名前を教えてください」
激しい風が巻き起こり、彼の髪を乱している。その隙間から覗く吸い込まれそうな瞳に、なぜか釘付けになってしまう。
「り、理咲です。葉山理咲」
ぎこちなく自分の名前を名乗り、おずおずと怜人さんを見上げる。
すると私を見つめていた瞳が優しく細められ、ストールごと肩を抱いていた手が、ふわりと頬に触れた。
じっと見つめられたまま手の甲で優しく撫でられ、息が止まりそうになる。
「理咲……。美しい響きだ。じゃあ理咲、きっと、またどこかで」
そういって私の手を取り、抗う間もなく甲にチュッと口づける。
そして呆然とした私を残して、怜人さんを乗せたヘリは、爆音を響かせながら空の彼方へ消えて行った。