御曹司は身代わり秘書を溺愛しています


ゆうに500人は超える招待客でにぎわった披露宴が終わったのは、開始から約五時間が経過した頃だった。

康弘さんとの二人きりでの出席と、友人たちの披露宴とは違った緊張感漂う宴席にすっかり気疲れしてしまった私は、康弘さんが仕事関係の人たちと談笑している隙にホテルのパウダールームで一息ついていた。
鏡の前におかれたふかふかの椅子に座り、簡単にメイクを治す。


疲れた……。


大勢の来賓の挨拶やお色直し、披露宴が夕刻から始まったせいもあり、時刻はすでに十時を過ぎている。


父の名代ということもあり、社交的な挨拶はほとんど康弘さんがしてくれていたけれど、私もそれなりに神経を使った。ずっとにこにこしていたせいで、顔の筋肉も疲れている。


それにしても、康弘さんは本当に人当たりがいい。あれほど様々人との交流をそつなくこなすのだから、対外的な交渉で父が頼りっぱなしになるのも、無理のない話だ。


彼、岡部康弘は年齢三十歳。私の父が社長を努める葉山化学工業の研究職だ。国立大学の理学部を卒業後、父と親しい教授の紹介もあって入社したと聞く。


七つも年が違うから、彼が入社した時に私はまだ十六歳だった。
出会った頃の康弘さんは優しくてハンサムなお兄さん、という印象だった。
お父さんを早くに亡くし、苦学して難関大学を卒業したそうだ。



それでも、当時の康弘さんはそんな苦労を全く感じさせない、優しくて穏やかな素敵な人だった。

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