御曹司は身代わり秘書を溺愛しています


「だって……。由緒ある公爵家の方を呼び捨てになんてできません」

「あぁ、だからそれは関係ないと言ってるでしょう?」


彼の家系は英国の公爵、アスコット家。
怜人さまは英国貴族の御曹司だ。


そんな事情を知らない時からなんとなく気安く呼ぶのをためらっていたけれど、真実を知ってなおさら、敬称なしで呼ぶことなんてできるはずもない。

だからこの三日、いくら言われても『怜人さま』としか呼んでいないが、怜人さまはそれが全く気に入らないらしい。


「せめて、『怜人さん』くらいになりませんか」

「申し訳ありません」

「……頑固ですね、理咲は」


そう言って、怜人さまはきれいな顔をつと逸らす。

私を頑固というのなら、怜人さまだって相当なものだ。









今日は定時の六時ちょうどに席を立ち、少し早めに帰宅することができた。

私の住む古いアパートは都心から比較的近い下町にあり、最寄の駅から徒歩五分くらいの便利な場所にある。

私は手早く用意を済ませると、動きやすい服装に着替えて部屋を出た。

向かったのは銭湯だ。すぐ近くの駅前の商店街の中にあるから、部屋にお風呂がない私としては、とても助かっている。

いまどき銭湯なんて使う人いるのかな、と思っていたけれど、いつ行ってもガラガラという訳ではなく適度に人がいる。さすがに若い人はいないけれど、結構需要はあるようだ。


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