御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
「理咲、何をやってるんですか!これ以上は危険です。離れてください」
「だけど、家の中に大切なものが……」
肩をつかまれ、苛立たしげに体ごとこちらに向かされる。周囲には焼け焦げた匂いが漂い、消防車と救急車のけたたましいサイレンが鳴り響いている。
十メートルほどさきのアパートは、もうもうと黒鉛を放ち、二階の窓からちろちろと火の手が上がっているのが見えた。
「危険です。もうあきらめてください。……もしかしておばあ様の真珠のネックレスですか」
「いえ、あれは今日してきていたので、無事です」
「それなら一体なにが……」
確かに、大切なものは母の実家に管理してもらっているので、この狭いアパートには高価なものはこの真珠以外なかった。
けれど、私にとって、とても大切なものがもうひとつある。
父の会社が倒産し、時にはいくら頑張ってももう無理ではないかと、打ちひしがれる自分に、いつも勇気を与えてくれた大切な品が。
あれだけは、絶対、失いたくない。